ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?
ネルソンさん見た。
完全ノーマークだったんですけどマストドンでも絶賛と公開劇場縮小の恨み言が伝え聞こえてくるぐらい話題になっていて……
X見てみたら上映拡大を求めてプラカードを掲げてる人までいるらしい すごい話。
監督は「野火」の塚本晋也監督。「野火」見てないんですよね。怖くてサ……。
公開劇場は縮小しましたが、近くの劇場ではかかるということで、絶対に配信とかに乗っても1人では見られないと思って行きました。
キノシネマ心斎橋で見たんですけど、限界までかけたる!!という意気込みを感じる驚異の1日5回上映で
(注:キノシネマ心斎橋は2スクリーンしかないちっちゃい劇場なんで、1日合計10本ぐらいしかかからず、1日のほぼ半分を「ネルソンさん」に費やしていることになる)、
マジで客層に偏りがなくて、老若男女皆、見たるぞ!! という面構えで満員の劇場に集っていて、人間の熱意を感じて良かったです。
だって、アレじゃん、見て楽しい映画じゃないのは、タイトルだけでも明らかじゃないですか。
みんな時間作って、金払って、不愉快になるためっていったらアレだけど、傷つくためにこんなに集まれるんだと思って。わたしが見た回も満席でしたし、次の回も完売してました。ホントすごい話ですよ。平日だったんですよ。
キノシネマは、向かいのスクリーンではまだマイケルかかってて良かった。ロビーにいるときBADが漏れ聞こえてきた。ニコッ。
・劇場によって違うかもしれませんが、PTSD描写がなされる際の序盤の音の大きさや画面の揺れがかなりつらくて、これが続くなら劇場を出なければいけないかもしれないとかなり心配しました。大きな音は基本的には続きます。(『語り』のパートの大きな音は予想が出来る部分もあり耐えられました)(その逆で、家庭の中で大きな音がするシーンはやはりびくっとしてしまう……)
アレン・ネルソンさんが本国に戻ってきてからのフラッシュバックで始まるけど、かなりつらい……街中の喧騒、子供の爆竹、それらすべてがアレンに戦場を思い出させる。
アレンが医師?カウンセラー?のダニエルズさんに語る回想の形式をとり、彼のベトナム戦争の経験が語られる。
・上映前に「バラバラな世界で共に生きる」を読んでたんだけど、読んでいたのがちょうど伊藤計劃の虐殺の文法が実在するのかもという話のあたりで、
ルワンダ虐殺のツチ族とフツ族の対立を例に取り、「あいつらを殺せ!」と言われても人は人をそのまま殺すことはできないけど、「あいつらは人じゃない」「あいつらは害虫だ」という言い換えを行なっていって、それが浸透したころ「害虫を駆除しよう」と社会通念に反しない物言いで殺人を示唆すると人は人を殺せる……という話があり、
ネルソンさんが「海兵隊ではアジア人を人だと思うなと言われました。グークスという蔑称で呼んでいました」と語り、ベトナム戦争に行く前に沖縄の駐屯基地にいた頃について「沖縄はテーマパークみたいでした」と市民に暴行を行う回想が挟まれて、虐殺の文法だ……ってなった。
この理屈で言うと、虐殺の文法を、もっとも効果的に使いこなしているのはアメリカ軍ということになります。嫌だ……
・海兵隊って、こう、アクション映画だと、元海兵隊員の男を怒らせるとヤベエぞ……!みたいな扱いされがちけど(ジョンウィックとかも元海兵隊設定)、現実の海兵隊はかなり泥臭いというか、アメリカ軍の中でも不遇というか、建前上志願兵しかいない(はず)なので、陸海空三軍の弾よけにされがちなんで、言及され、よかった。
三軍の弾よけどころか、海兵隊のなかでも前線に行かされるのは黒人か、白人でもイタリア移民か、貧しい家の出の人と言われていて、マジかよ最低だなと思いました。
・ダニエルズ先生は、「きみが話したいことを話そう」とアレンに語らせ、それが終わった後、「どうして人を殺したのか?」とお決まりのように聞く。
アレンはそのたびに心を乱されて、「軍人だったから、命令だったから、殺さなければ殺されなかったから」と答えるが、最後の最後に、「殺したかったから殺した」と答える。
建前上の気持ちももちろん間違いではなくて、でも、ある意味で、ある種のお決まりの言葉でしかない部分もあるよなと思いました。軍から与えてもらうお仕着せの理由というか。
・軍(や自衛隊)を貧困家庭のセーフティーネットみたいに言う人、日本人でもいるけど、マジで違うんですよねっていうのが、この映画では明確に語られている。
後半、義理の息子の学校で海兵隊の求人チラシを配られたネルソンさんが怒って、戦争体験を語るきっかけになっている。
・アレンさんは、学校での講演をきっかけに、各地で講演を行うようになる。PTSDを抱え、嘘偽りのない戦争体験を語ることで、自分自身もある意味で救われているというのを、老いて白髪交じりになった姿で、おなじく老いたダニエルズ先生に語る。
・最後に、アレンさんのベトナム行きを支援した立場の人として、リリーフランキーが出てきたが、リリーフランキーって見るたび何で生計をたてているかよくわかんない役をやっているな……という感情を抱いてしまった。知っている人が来ると途端に邪念に襲われてしまう。
・ベトナムに来たアレンさんがトイレでフラッシュバックに襲われているところで、リリーフランキーは、「今回戦争の話はやめましょう、友好を深める場にしましょう」と言うが「いいですね。でも、じゃあ、何を言えば?」←本当にその通りすぎる……
ベトナムの人々のまえで戦争体験の話をします、と語って、幕。
・人間が、戦争加害に向き合う、戦争被害者だけではなく、加害者の側にも(当然ながら)PTSDが発生するという、それを改めて確認することが出来ました。
でも、この作品、配信に乗ってから、一人で家で見るのも絶対につらすぎる、やってる劇場が近くにあって、興味がある人は、覚悟を決めて見に行ってください。
戦争って本当最低で、もちろん被害者にはなりたくないんだけど、加害者にもなりたくないし、家族や知り合いがそうなるのも絶対に嫌だ……という気持ちを新たにしました。
戦争反対屋さんとして、これからも、YESアクションNO暴力という気持ちで、フィクションの暴力だけを無責任に愛していくために、現実の暴力を最小化していきたいと思いました。
・今年1月公開のアレックスガーランド監督「ウォーフェア」も、イラク戦争のとあるひとつの作戦を当時の複数の隊員の証言を元に製作された映画なんだけど、メイキングで語られて印象的だったのが、隊員同士で当時を思い起こし語りあうことで癒やされた(ちょっと表現ちがうかも、心の置き所が出来たとか、そういう感じかな)という話だったんですよね。
特に、身体的に無傷で戻ってきた兵士について、見えない傷はないことにされがちだったり、同一の体験をした人が近くにいなくなったら共有したりする相手もいなくなってしまったりするんだろうなというで、現代でもPTSDって軽んじられがちなんだなあと思っていたので、いわんや、ベトナム戦争当時をや。という気持ちになりました。
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