パーティが終わって、中年が始まる
phaさんの「パーティが終わって、中年が始まる」読み終わりました。
タイトルの汎用性が高すぎて、「◯◯が終わって、××が始まる」と言いまくっていたのですが、これだけ言うなら読んだ方がいいな。と思って読みました。
おもしろかった。共感できるところと、できないところが交互に来て良かった。
大共感したのはWEB2.0の頃、わたしたちは無邪気にインターネットや集合知で世界は良くなっていくだろうと漠然と信じられていたところです。
わたしはphaさんの10個ぐらい年下なんだけど、あのころの未来への無邪気な信頼、
100年後は車が空を飛んでいるだろうと想像していた1970年の大阪万博の時代の人々とそう変わらない。
でも希望がなけりゃ何に縋って生きてきゃいいのよって話でもありますしね。
あとサラッとポリアモリーの話が出たのもよかったです。
文章はずっと現実について語っているんですが、phaさんの語り口が妙に浮遊感があって現実感がなくてよかった。
シェアハウスの天皇だよねと言われて、僕は天皇をやるのがうまかったと語るところ好き。実力のあるものがドシドシ天皇になるべきだから。
シェアハウス時代から飼っている15歳の2匹の猫の話が出て、「猫をずっと撫でていると境界線がなくなって、猫を撫でているのか、猫に撫でられているのかわからなくなる」(大意)と書かれており、わかるなあ……と思っていた。
そして、あとがきで猫はどちらも死んでいなくなってしまったと書かれており、ウェーーーーン!! と泣きました。
ね、ネコチャン……!!!!
略称は「パーおわ」だと聞いて、かわいいねって思いました。

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