牛泥棒
ウィリアム・A・ウェルマンの「牛泥棒」見ました。
西部劇だ〜やった〜〜〜!!
西部劇にありがちな酒場から話が始まる。主人公カーターは親しい女を追ってこの街に来たよそ者である。
「この町で楽しむ方法は5つ、食べる 寝る 飲む ポーカー ケンカ」とバーテンダーに言われる。硬派だな。
天田少尉の「おれの人生は4語で語れる、酒、女、喧嘩、豚箱」みたいだ。
ケンカを始めたカーターをノータイムで酒瓶で殴るバーテンダー、手慣れとるね。
街にいるとき、牛泥棒のうえ、牛の持ち主が殺されたというショッキングなニュースが伝えられる。
噴き上がった街の人々は犯人を私刑にかけるため捜索隊を結成する。
私刑を避けるよう、カーターは判事を呼び、保安官を待つよう呼びかけるが、皆は止まらない。
殺した犯人を探して吊るそう(文字通り木に吊るすつもりである)とする皆に、残った方が怪しまれるとついてゆく。
なんか少佐? みたいな 偉そうなおっさんが指揮を取る。息子はチェックのコートで気弱そう。
ディヴィスは年嵩の男で理性的、犯人には裁判を受けさせ、私刑はなし派だが、噴き上がってる捜索隊の人たちにはあまり影響力なし。
牧師? は黒人なのかな。兄が私刑にされたのを子供の頃見たことがあるが、なぜ兄が私刑に処されたのか誰も知らなかったと語る。
途中、カーターの探していた女が別の男の妻になっていたりする。夫、礼儀正しくも感じ悪〜〜〜!
道中見つけた3人組が、牛を連れており、被害者の銃を持っていたということで、彼らの言い分を一切聞こうとせず、捜索隊は彼らを私刑にしようとする。
手紙を書く時間が欲しいという男、マーチンに、夜明けまで待つという少佐。
木に首を括る用のロープを3本かけて、その下で談笑する捜索隊の異常さってほんとスゲ〜!! 娯楽なんじゃん、マジで。
妻に渡して欲しいとディヴィスはマーチンから手紙を受け取る。
吊るか否かで多数決を取ろうと少佐が言い、ディヴィス、牧師、カーター、あと少佐の息子を含む7名が私刑に反対するが、他多数は賛成。
3人組は首を吊られる。
そのあと、保安官がやってきて、被害者とされた男性は生きていること、犯人はすでに捕まっていることを捜索隊の面々は知らされる。捜索隊のやったことは全く無実の人間を冤罪で処刑しただけということやね。ビターだ。
「誰がやった?」
「7人を除いて、全員」
ここで終わっても後味が悪くて良いと思うんですが、捜索隊が街に帰ってからも人間の生活はある(それはそう)
少佐は家に帰り、息子を家に入れず鍵をかける。鍵をかけられたことに気がついた息子が、「父さんは残虐な獣だ、吊るすのを楽しんでいた」と父親の行為を指摘し、父は鍵をかけた部屋で銃声を響かせる。
捜索隊の一行は酒場に戻り、茫然自失としている。カーターは捜索隊を主導した被害男性の親友? 的なやつに、男の残した手紙を読むように言うが、字が読めないという。
カーターが読み聞かせをするが、手紙の内容は彼らは一生罪を背負う、法は人類の良心そのものであり、それを破るものは周りも傷つける"と自分を吊った捜索隊の人間の後悔は続いていくだろうということが書かれている。
手紙を妻に届けるとカーターが馬に乗って幕。
は〜〜〜!! おもしれ〜〜〜!!!!
12人の怒れる男のB面みたいな話だ。ビターだな〜!!!! 好きだ〜!!!!
なんか字が読めるのって当然のことじゃないんだな〜の思いになったし、字が読めないなら、実際に顔を見てやりとりしていた友人への感情の比重がメチャ重になるのもそうなのかな〜と思った。
最後に読む手紙も、自分を私刑に処した捜索隊は神と対話できないとするくだりがあって敬虔なクリスチャンなのか? と思いました。
ちょとここのニュアンスうまくつかんでないかも。
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