アラビアンナイト 三千年の願い
朝イチの方が客層良さそうやな。と思って朝イチ、チャリで映画館に行く。
映画館ロビーに普段見ないぐらい老人がウロウロしており、あちこちで映画館スタッフを捕まえて質問していて(発券機とか時間とか)普段となんか雰囲気違ってるのでヤバかったか? と若干後悔する。
そこの映画館有人カウンター一個もないから分かりにくかったらスタッフ捕まえるしかなくて不便ではある。
開場して映画館入ったら既に席に座られてて、「え? そこわたしの席です……」「わたしもこの席なんですけど……」とか言いながら二人でチケット見せ合ったらほんとに指定席同じで、「え〜!?」って言ってたら、
座ってた人のチケットがアラビアンナイトではなくイチケイのカラスだったから「これ別のスクリーンですよ!! 多分もうはじまってますよ!!」って言って席ゲットした。知らん人が座ってた席、あったか〜
さて。アラビアンナイト 三千年の願い。
原題は"Three Thousand Years of Longing"なので、副題になってるところが本当のタイトルですな。
ティルダスウィントン演じるナラトロジー(物語論)の研究者アリシアはトルコのバザールで買ったガラス瓶を電動歯ブラシで磨くと、イドリスエルバ扮するジン(魔神)が出てきて、3つの願いを叶えてあげると言う。
ナラトロジーの研究者であるアリシアは、そういう話は教訓話で、あらゆる罠があるという。
ジンは人間の3つの願いを叶えて、ジンの楽園に行くことを願っているので、願いを叶えさせろ〜!ってなるけど、アリシアは自分は今満ち足りていて、願いがないと言う。
そこから、ジンの過去の語りが始まる。
ジンの過去語りはおもしろい。画面も派手でわくわくする。
そのあとのアリシアが、ジンに愛を求めたことでわたしにはこの話がわからなくなってしまった。
ここで急に物語が世界に広がる広大なものから、アリシアの個人的な物語に縮小したように感じたからだと思う。
最後にアリシアがジンのことを描いている日記のタイトルが映画のタイトルである"Three Thousand Years of Longing"になっていて、冒頭のアリシアの語りと合わさって、アリシアが自分の物語を語る物語になっていてよかった。
ドンブラのときも言ったけど、"物語の登場人物がこの物語を描いています"とされた瞬間のこう、マトリョーシカ的な構造を見ると好きになるんですよね。
ただ、個人的な愛の物語に終着して、ジンもアリシアの願いを3つ叶えないまま、ジンの楽園にも行かずに時折アリシアに会いに来ている、というお話の終わりで、
わたしは全然わたし向けじゃなかった……!!!! と思いました。
えっと……2人はそれで幸せなんだろうと思います!! でもわたしの萌えではなかった!!
人外×人間やぞ!! 長命の者×短命の者やぞ!! おまえの萌えポイントやろがい!! もうちょっと心が動いてもいいんちゃうんか!! と理性のわたしが思うぐらい心が動かんかった。
多分……アリシアの造形に萌えがなかったのかな……ティルダスウィントンもめちゃくちゃ好きってほどじゃないし……
イドリスエルバは萌え萌えだったんですけどね。
「別れる決心」は、女は萌え萌えだけど男がチョロすぎて嫌だったな。の回で、「アラビアンナイト 三千年の願い」は男が萌え萌えだけど女がチョロすぎて嫌だったな。の回。
わたしロマンチックラブストーリーを見るのに向いてないのかも。と自信無くなってきた。
そういえばシェイプオブウォーターのときも人外×人間カップリングなのにわたし向けじゃないな〜となったことをなどを思い出しました。
映画見終わったらお昼だったので、お昼ごはん食べて新しいメガネ作って帰りました。おわり。
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