ゴジラ -1.0
ゴジマイ! やっと見られた! いいですねえ!
旧日本軍特攻兵敷島は生きて帰ったことによるトラウマを抱えており(「おれの戦争は終わってない」)、そのトラウマを拭うためにゴジラとの戦いに挑む。
わ〜!! いいすねえ〜!! 旧日本軍兵のトラウマの話を主眼にした話珍しい気がするねえ!! お手本みたいな作劇で割とみんな好きな話な気がする。
戦中戦後を描くときの政治的なあれこれが臭み抜きされていて娯楽作として出来がいい。
ただ、今、「あの花が咲く丘で君とまた出会えたら」という特攻賛美恋愛映画(2023年に!?!!)が松竹系映画館ではかかってて、同時に特攻兵ものが2本……!?!! となったし、
もっというと、今かかってる窓ぎわのトットちゃん(1943年ごろ)ゲゲゲの謎(1956年ごろ)ですごい! 2023年、戦中・戦後がアツい!! なんで今集中して戦中戦後を……!?
最近ゴジラ(2014)見てたんだけど、この映画はゴジラの登場まで30分ぐらいかかるんですが(ムートーの対抗馬として現れるのため)、ゴジマイはもったいつけずに始まってすぐジューン! ってすぐ来ます。
無辜の民(整備兵)を念入りに念入りに人間をちぎっては投げちぎっては投げ(物理)するので、本当に怖いです。
ゴジラは人間を食べないけど、そんな丹念に、ちぎらんでも……投げんでも……ってなった。
ゴジラって本当に怖い! キャンメイクトーキョー!!(半泣き)
敷島は特攻から逃げ、ゴジラからも逃げ、唯一生き延びた整備兵の橘に引上船の中で、整備兵たちの遺品の写真を渡され、家に戻ったら東京大空襲で家は焼け、両親は死に、隣人は家族を失って敷島が特攻しなかったことを責めてくる(ま、そうだよね……)
このへん、現代的な感覚(戦争はよくない、人権大事、特攻は最悪、など)の登場人物が出てきすぎると変な感じになり、時代背景の1945年的感覚出しすぎると現代人のわたしたちはなんだかな〜になると思うんですけど、
隣人の安藤サクラは空襲で家族を全員亡くし、その理不尽の理由を敷島が特攻しなかったことに求めるって感じなので現代人でもわかるバランス(しかし口で嫌なこと言いながら赤ちゃんに爆速で絆される)だし、
安藤サクラ、マジですごい俳優だよな〜〜〜となった。ジャパンの好きな俳優……
好きな俳優といえば佐々木蔵之介も大好きな俳優なのですが、かなり大袈裟な演技で気になった
でもあのノリでないと「誰かが貧乏くじ引かなきゃならねえんだよ!」は出なかったかもしれないですね……
橘役の青木崇高も結構好きな俳優。この人はちょっと荒っぽいキャラやると映えるな〜と思っている。
「もう終わりにしていいですか?」「許しちゃくれねえってことですか!」「未来はお前らに託すぜ!」など、観客に登場人物の心情を知らせるためのでっけえでっけえ独り言が出てくるたびに笑ってた。観客の視線を気にして声に出してんじゃないよ!
敷島が心情を吐露するシーンで、「俺は本当に生きてるんですかね? 本当は大戸島で死んでて、これは死体が見てる夢なんじゃないですかね??????」みたいになってるシーンは良かった ありがとう。
しかし思い起こすと人間パートシーンがかなり大袈裟に作られていて、邦画ってこんな感じだったなあ〜〜〜と思った。
1番最近見た邦画思い出したら黒澤明の「生きる」の記憶しか出てこない 全然邦画みてないのに「邦画ってこうだよな〜」みたいな雑語りしちゃった(やめなさい!!)
アキコ、2歳ぐらいにしか見えない女の子なんだけど、おっ! 一生懸命泣いとるな! ヨシ!! みたいな謎の視線になっちゃった。(親視点)
あと2歳ぐらいにしたら、絵がうますぎるとかもある。既にカタログ期じゃん。3・4歳だろ。(文句多いね)
敷島が出撃前にアキコにかける声が本当にやさしいの、演技という部分と、物理的に目の前に子供がいるゆえの部分の両方感じたんですが良かったですね。
典子の葬儀のあとの「どうしてのりちゃんを嫁さんにしてやらなかったんだ!」に対する「俺の戦争が終わってない」、本編に通ずるセリフで、みんな"おれの戦争"を終わらせるために頑張っていた。
また、"アメリカ軍はロシアときな臭くなっており日本近海で攻撃活動を行うことができないため、民間主導でゴジラを倒す"という設定で、
計画立案者も学者(吉岡秀隆)で、軍部とは距離を置いた設定になっているのも作中に戦争の香りをさせながら現代人も抵抗ない作りにしているんだなと思い、上手いと思った。
特攻する気満々の敷島が震電を特攻機にする依頼をするが、橘が射出座席をつけるのは、まあそうでしょうね。と思いました。
橘は敷島に対して「お前のせいでみんな死んだんだぞ!」とは思ってるけど、敷島に死ねと思ってるわけではないし、これは2023年の物語だからさ……
射出された! パラシュート開いた! 射出の衝撃で首折れてた! のオチにならなくて良かった〜(主人公がラストでその死に方するわけないだろ)
あとゴジラを深海に沈めて浮かせる「わだつみ作戦」で、民間船を繋いでゴジラを引くのダンケルクみたいだったね。
あの、あのシーン、無線で民間船が次々に"義によって助太刀いたす!"みたいに宣言して来るシーン、サマーウォーズのおばあちゃんが電話かけまくるシーンみたいだなと思った。泣く人いそう〜。
めちゃくちゃメタ視点関西人だな。映画見ながら他の映画の連想ゲームしまくりです。
ゴジマイゴジラねえ〜〜〜熱線吐きギミックが、チャージ完了すると背鰭が尻尾側から光りながらデュン! と順番に出てきて、頭側の背鰭まで全部光って飛び出すとガシャーン! と一気に背鰭が引っ込んで熱線が口から出る仕様で、
ええ〜〜〜!! なにそれ!! 光る!! 吼える!! DXゴジマイゴジラ!?!! このギミックのおもちゃ欲しい〜〜〜!! ってなった。
正直、このギミックに支えられていますよこの映画のおもしろさは……! 生き物というよりはニチアサの巨大化ロボとか、荷電粒子砲を撃つバーサークフューラー(ゾイド)みたいな感じなんだよな。
ゴジマイゴジラ、銀座上陸の折、目がつぶらでかわいいね♡ と思ってたら、熱戦吐いた後自分の口の周りも焼けただれててゴジラ怖すぎワロタだった。
銀座のラジオレポーター、初代オマージュで「いよいよ最後、さようなら、みなさんさようなら」してくれるかと思ったけどそれはなかった。なす術なくビルごと落ちて行った。
ギャレスエドワーズ監督のゴジラ(2016)を見ているときも思ったんですけど、
人が、とてもじゃないが敵わないようなものに立ち向かうというのはゴジラはもちろん、映画によくあるプロットで、感動を誘うものであり、
それでまんまと喜んでたりするわたしって特攻賛美映画見て喜ぶのとどう違うんだ? という暗い気持ちになってしまった。
また、軍部関係の臭み抜きが完璧で、臭みを抜かなきゃ感動物語にできないんだな、という気持ちも発生した。
旧日本兵、特攻兵の生き残りのPTSD、その克服を描くのは良いけど、軍を描かないのであればそこの設定は変えられたんじゃないかいって思うんですよね……
あと敷島のPTSD、このあともずっと続いていき、夜にうなされて起きては「俺はあのときゴジラの口の中で死んだんじゃないですかね!?!!」になるだけという気持ちもする(身もふたもないこと言うなよ)
登場する主要人物が誰も命を落とさない(「かつてこの国は命を粗末にし過ぎました。今回の作戦は死者ゼロを誇りにしたい」と学者が語るシーンがある)が、重巡高雄や銀座ではこの物語では語られない人がいっぱい死んでいるわけで……
エンタメ作品としてかなり楽しんだし、単体ゴジラ映画としても好きな部類(怖いゴジラが好き!)なのでとても良かったんですが、
今、戦中戦後を舞台にした映像化作品が多数あること、エンターテイメントの中で描かれる人間の死について考え込んでしまいました。
暗いこと書いたけど普通におもしろいのでおすすめです!! 1人で己と作品の向き合い方について落ち込んでるだけなので、是非ゴジラの背鰭-熱線ギミックを見に行ってください!
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